大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決 1980年3月04日

原告 千葉稔

被告 国

訴訟代理人 緒賀恒雄 水野秋一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた判決)

第一原告

一  被告は東京都国分寺市に対し四七六三万六九七五円及びこれに対する昭和四九年二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二被告

主文同旨

(当事者の主張)

第一請求原因

一  原告は、肩書地に住所を有する国分寺市の住民である。

二  国分寺市は、昭和四七年度の市立保育所の保育所措置費(児童福祉法二四条本文による保育所への入所の措置をとつた場合における同法五一条一号に規定するその児童の入所後の保護につき同法四五条の最低基準を維持するための費用をいい、以下「本件措置費」という。)として九九一〇万七六九九円を支出した。

ところで、児童福祉法五三条は、市町村が支弁する保育所措置費については、「国庫は……政令の定めるところにより、その一〇分の八を負担する。」と規定し、同法施行令(ただし、昭和四八年一二月二六日政令第三七一号による改正前のもの。以下同じ。)一五条の規定によれば、右国庫の負担は、各年度において「市町村が支弁した費用の額から、法第五十六条第一項……の規定により徴収した金額、その費用のための寄附金その他の収入の額を控除した精算額に対して、これを行う。」とされているところ、本件措置費については、児童福祉法五六条一項により扶養義務者から徴収した金額が一九八八万一七九〇円であるので、前記の支出額からこれを控除した精算額は七九二二万五九〇九円となり、国庫が負担すべき額は、その一〇分の八の六三三八万〇七二七円である。したがつて、国分寺市は、児童福祉法、同法施行令に基づき、被告に対し六三三八万〇七二七円の国庫負担金支払請求権を取得したものというべきである。

三  ところが、被告は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」という。)、同法施行令及び厚生省所管補助金等交付規則(昭和三一年八月二五日厚生省令第三〇号。以下「交付規則」という。)に基づくものであるとして、昭和四七年五月一日厚生省発児第八六号の二厚生事務次官通達(「児童福祉法による保育所措置費国庫負担金の交付基準について」と題するもの。以下「交付基準通達」という。)により被告独自の交付基準を設定し、この交付基準によつた申請をしなければ保育所措置費についての国庫負担金の交付に応じないとの態度を表明していたため、国分寺市は、右交付基準に従い本件措置費の国庫負担金として一五七四万三七五二円についてしか交付申請をせず、被告も右申請額だけを同市に交付した。

しかしながら、国分寺市は、前述のとおり被告に対し本件措置費につき六三三八万〇七二七円の国庫負担金支払請求権を有しているのであり、したがつて、これより右一五七四万三七五二円を控除した残額四七六三万六九七五円については、なお被告に対し支払いを求めうるものである。しかるに、国分寺市長は、右四七六三万六九七五円を請求しようとしない。

四  そこで、原告は、国分寺市長が被告に対し右四七六三万六九七五円の請求をしないのは国分寺市の財産である国庫負担金支払請求権の管理を違法に怠るものであるとして、昭和四八年一〇月二五日地方自治法二四二条一項の規定により国分寺市監査委員に対し監査請求をしたが、同監査委員は、同年一二月一八日付をもつて原告に対し右監査請求は理由がないとする旨を通知した。

五  よつて、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、国分寺市に代位して、被告に対し四七六三万六九七五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を国分寺市に支払うべきことを求めるものである。

六  ところで、本件代位請求の法的構成を具体的に述べれば、次のとおりである。

1 本件は、第一次的には、国分寺市の有する国庫負担金支払請求権そのものについて債務の履行を代位請求するものである。

地方自治法二四二条の二第一項四号は、怠る事実に係る相手方に対する代位請求として、「法律関係不存在確認の請求」、「損害賠償の請求」、「不当利得返還の請求」、「原状回復の請求」、「妨害排除の請求」の五種類の請求を列挙しているが、これは、限定的なものではなく、代位請求の他の要件が具わつている限り、本来の債務そのものの履行請求も許されるものと解すべきである。特に、本件の如き金額債務の履行請求は、その遅延損害金の請求が「損害賠償の請求」として代位請求の対象となるものである以上、その元本債務自体の履行の代位請求も、当然に許容されているものといわなければならない。

2 仮に、債務の履行請求が代位請求の対象とならないとするならば、本訴は、国庫負担金支払債務の履行に代わる「損害賠償の請求」として認められるべきである。

民法上、金銭債務については、履行に代わる損害賠償請求は認められないが、これは、履行に代わる損害賠償を認めても、その目的、範囲は同一に帰し、これを認める実益がないからであると解される。しかし、住民訴訟の代位請求としての「損害賠償の請求」は、地方公共団体において損害を被つている場合にこれを回復するための手段として認められたものであるから、金銭債務の不履行があるときに、その履行に代わる損害賠償請求を代位請求としての「損害賠償の請求」として認めないとする理由はない。

3 前述のとおり、被告は国分寺市に対し四七六三万六九七五円の国庫負担金支払債務を負つているものであるが、もし、仮に、それについての交付申請がなされなかつた等の理由により右債務の具体的発生が認められないとすれば、被告は、本来負担すべきであつた右債務の負担を免れ、国分寺市のいわれなき損失(超過負担)において右債務額を不当に利得しているものというべきである。よつて、原告は、「不当利得返還の請求」として本件支払いを求めるものである。

4 仮に、以上の各請求がすべて認められないとしても、原告は、不法行為に基づく「損害賠償の請求」として本件支払いを求めるものである。

被告が児童福祉法及び同法施行令の規定に基づき六三三八万〇七二七円を国分寺市に支払うべき義務のあることは前述のとおりであるが、被告は、交付規則二条において、補助金等(国庫負担金を含む。)の交付申請書に記載すべき事項のうちで適正化法施行令三条一項四号に掲げる「交付を受けようとする補助金等の額及びその算出の基礎」は「法令及び予算に基いて厚生大臣が別に定める当該補助金等のそれぞれの交付基準に従つて記載するものとする。」と定め、これに基づく交付基準通達により被告独自の交付基準を設定し、これによらなければ交付申請書を受理しないこととしてきた。そのため国分寺市は、右交付基準に従つて一五七四万三七五二円の交付申請しかすることができず、残額四七六三万六九七五円については正当な権利の行使を妨げられたのである。

しかし、右交付規則二条は、上位法規による適法な根拠なくして制定されたものであるから、それに基づく交付基準通達により設定された交付基準は形式上も違法である(なお、交付基準を通達によつて定めることは、児童福祉施設に要する経費の国庫負担金の算定基準等を法律又は政令で定めなければならないとする地方財政法一一条の規定にも違反するものである。)のみならず、児童福祉法五三条、五一条、二四条及び同法施行令一五条の各規定によれば、保育所措置費については、市町村が最低基準を維持するために実際に支出した費用の額(以下「実支出額」ともいう。)から扶養義務者等から徴収した金額等を控除した残額の一〇分の八を国庫が負担すべきことが明白なのであつて、国庫負担金算定の基礎となる額を、実支出額によらずに厚生大臣が定める交付基準に係らしめることは、児童福祉法及び同法施行令に明らかに抵触するものというべきである。

また、交付基準通達の定める交付基準は、同法四五条の最低基準を維持するに足りず、地方公共団体の超過負担の元凶となつているもので、この点においても違法というべきである。すなわち、

保育所運営に関しては、児童福祉法四五条をうけて児童福祉施設最低基準(昭和二三年一二月二九日厚生省令第六三号。以下「最低基準省令」という。)が定められ、同省令において設備の基準や保母の定数その他保育の内容等が規定されている。しかし、右省令の規定する基準は、その名が示すとおり最低基準なのであり、同省令自体が、最低基準の向上を定め(三条)、更に「児童福祉施設は、最低基準をこえて、常に、その設備及び運営を向上させなければならない。」(四条一項)、「最低基準をこえて、設備を有し、又は運営している児童福祉施設においては、最低基準を理由として、その設備又は運営を低下させてはならない。」(四条二項)と規定しているように、同省令の定める数量的基準で保育所が運営されることを予定しているのではなく、これを超えて運営されることを期待しているのである。

そこで、保育所運営の実態をみると、本件の国分寺市の保育所もそうであるが、東京都その他の大都市及びその周辺地区はもとより全国的にみても、多くの保育所は、右省令の定める基準を超えて運営されている。これは、右省令、そして児童福祉法の主旨に合致することであるが、このことは、右省令の主旨に卒先してそわんとする努力の結果というよりは、同省令が定めている基準の枠内では保育所運営がはかられず、したがつて、地方公共団体が望むと望まぬとにかかわらず必然的にもたらされた現象である。すなわち、日本経済の高度成長に伴う産業と人口の都市部への集中並びに婦人労働者の著しい増大によつて共働き世帯は逐年増加し、それとともに低所得階層から中間層を含む広範な勤労家庭からは、保育時間の延長、零歳児の保育等の保育所運営の充実と質的向上等の要求が強まり、また、保母等の保育所職員も劣悪苛酷な労働条件の改善を求めたことから、最低基準省令の定める基準では到底こうした時代の要請に応じきれず、保育義務者たる市町村長としては、右省令の基準を超えた保育を最低基準として運用をはかる以外に途はない状態に立たされるに至つたのである。

しかるに、厚生大臣の定めた交付基準は、最低基準省令の定める基準をもとに、保育単価(措置児童一人当たりの措置費の月額単価)に各月初日の在籍措置児童数を乗じて得た額の年間合計数(ただし、実支出額の方が少ないときは実支出額)を基礎として国庫負担金を算定するというものであるが、右省令の定める最低基準自体極めて不十分で、前述のとおりこれによつては保育所運営は不可能であるのみならず、交付基準の定める保育単価では、右省令の最低基準すら維持することができないものであつて、右交付基準が違法であることは明らかである。

したがつて、被告が、国庫負担金の交付申請につきかかる違法な交付基準に従うべきことを強要して正当な権利行使を妨げもつて国分寺市に四七六三万六九七五円の損害を生じさせたことは、同市に対する不法行為というべきであり、被告は、それに基づく損害賠償責任を免れない。

第二請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二のうち、国分寺市が本件措置費として九九一〇万七六九九円を支出したことは知らないが、児童福祉法五三条及び同法施行令一五条の規定が原告主張のとおりであること並びに国分寺市が扶養義務者から徴収した金額が一九八八万一七九〇円であることは認め、その余は争う。

三  同三のうち、被告が適正化法、同法施行令及び交付規則に基づき保育所措置費について交付基準通達により交付基準を設定していること並びに国分寺市が右交付基準に従い本件措置費の国庫負担金として一五七四万三七五二円の交付申請をし、被告が右申請額を同市に交付したことは認めるが、その余は争う。

四  同四の事実は認める。

五  同五及び六の主張は争う。

第三被告の主張

一  本件国庫負担金債務の発生について

原告は、本件の国庫負担金支払請求権が児童福祉法五三条、同法施行令一五条の規定に基づいて直接具体的に発生すると主張するが、被告が負担金を支払うべき債務は、適正化法六条一項に基づく所轄省庁の長(本件の場合は厚生大臣)の交付の決定(以下「交付決定」という。)によりはじめて発生するものである。以下、このことを適正化法の諸規定を検討することによつて明らかにする。

1 適正化法は、補助金、負担金等(以下「補助金等」という。)の交付申請及び交付決定等について、次のように定めている。

補助金等の交付の申請をしようとする者は、毎年度一定の時期までに申請書に所定の書類を添えて各省各庁の長に提出しなければならず(五条)、これに対し、各省各庁の長は、所要の審査、調査等を行つたうえで補助金等の交付決定を行い(六条)、必要に応じ補助金等の交付の目的を達成するため当該交付決定に条件を付することとなつている(七条)。そして、補助金等の交付の対象となる事務又は事業(以下「補助事業等」という。)を行う者(以下「補助事業者等」という。)は、交付決定の内容又はこれに付した条件に不服があるとして申請の取下げ(九条)をしない限り、交付決定の内容及びこれに付した条件に従つて補助事業等を行うべき義務を負い(一一条一項)、補助事業者等が交付決定の内容又はこれに付した条件に従つて補助事業等を遂行していないと認められるときは、各省各庁の長は、その者に対し、これらに従つて当該補助事業等を遂行すべきことを命じ、この命令に違反したときは、その者に対し当該補助事業等の遂行の一時停止を命ずることができ(一三条)、この一時停止の命令に違反した場合には刑罰が科せられることとなつている(三一条)。更に、各省各庁の長は、補助事業者等が補助事業等に関して交付決定の内容又はこれに付した条件に違反したときは、交付決定を取り消すことができ(一七条)、交付決定が取り消された場合において、補助事業等の当該取消しに係る部分に関しすでに補助金等が交付されているときは、その返還を命じなければならないこととされている(八一条一項)。

以上のことから、交付決定は、決して、単に補助金等の内容を明確にし、これを交付することを表示するだけのものではないことが明らかである。すなわち、交付決定をする場合にはじめてこれに条件を付することが可能となり、交付決定があつてはじめて交付決定の内容及びこれに付された条件に従うべき義務が生ずるのである。そして、その義務に違反した場合に交付決定を取り消したうえ補助金等の返還あるいは補助事業等の一時停止等の命令を発することができるのは、すべて交付決定の効果以外の何ものでもない。もし、交付決定がなされていないとすれば、補助事業者等が補助金等の交付の目的に従つて補助事業等を行うべき義務の履行を法的に担保するための適正化法の前述の諸規定が適用される余地はなく、右規定の目的は達成されないのである。つまり、交付決定は、補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務付ける性格を有する行政処分であつて、この交付決定を経ることにより、補助金等が適正に使用されることが法的に担保されることとなるのである。

原告の主張するように交付決定を経ずして補助金等についての具体的な請求権が発生するものとすれば、補助事業者等は補助金等の交付を受けながら、条件を付されることもなく、また、補助金等を適正に使用しなかつた場合にも、前述のような適正化法の定める制裁措置を受けることがないという結果となるが、適正化法は、このような明白な不合理を許容しているものではない。

2 また、適正化法は、事情変更による交付決定の取消しについて、各省各庁の長は、補助金等の交付の決定をした場合において、その後の事情の変更により特別の必要が生じたときは、交付決定を取り消し、又はその決定の内容若しくはこれに付した条件を変更することができると定めている(一〇条)。これは、積極的に補助金等支出の資金効率を確保することを目的として、不正不当の事実がなくても、交付決定の取消し等の措置を採りうる旨を定めているものである。

右規定は、交付決定の存在を前提としているから、交付決定がなされていないとすれば、各省各庁の長は右のような臨機応変の措置を採りえないこととなる。

3 適正化法は、更に、補助金等の返還について、前述のとおり、適正化法一〇条又は一七条により交付決定の全部又は一部が取り消された場合においては、各省各庁の長は、当該取消しに係る部分に関しすでに補助金等が交付されているときは、期限を定めてその返還を命じ(一八条一項)、これを国税滞納処分の例により徴収することができる旨を定めている(二一条)。

右のことから、交付決定の取消しにより、当該取消しに係る部分に関し、補助金等の交付の相手方の当該補助金等についての請求権が消滅したものとされていることが明らかとなる。このことは、補助金等についての具体的な請求権は、交付決定によりその効果としてはじめて発生し、その効果が交付決定の取消しにより消滅することを意味するものにほかならない。

4 以上、適正化法の諸規定を検討することにより、国庫負担金についての具体的な請求権は、同法の交付決定がなければ発生しないことを明らかにしたが、このような法律構成が採られているのは、次のような背景によるのである。

保育所措置費に係る国庫負担金を含め補助金等の総額は、毎年度国の一般会計の総予算額の三分の一近くを占め、毎年度この補助金等に関して膨大な法律関係が発生することとなる。そして、補助金等に関する法律関係は、毎年度極めて大量に発生するのみならず、その内容は複雑であり、他方、行政客体の平等取扱いという要請あるいは財政の民主的統制と安定性の確保のための種々の財政会計制度の制約にこたえうるものでなければならない。そこで、この補助金等に関する法律関係については、その内容を明確にし、早期に安定させ、全体として統一を保つて処理していくことが強く要請されているのである。

この要請にこたえるためにどのような法律制度を採用するか、すなわち、当然に補助金等の交付請求権が発生するものとするか、あるいは交付の申請、交付決定という一連の手続を定め、交付決定によりはじめて右請求権が発生するものとするかはもとより立法政策の問題であつて、補助金等の性質上必然的にこのようにあらねばならないというものではない。そして、現行制度は、この要請にこたえるため、補助金等についての請求権(したがつて国の支払義務)の発生、変更、消滅を行政庁の判断にゆだね、行政庁が行う行政処分たる交付決定の効果として位置づけているのである。

二  保育所措置費国庫負担金の交付基準について

原告は、本件措置費の国庫負担金を国分寺市の実支出額を基準として算定しているが、保育所措置費国庫負担金は次に述べるとおり、法令に基づき交付基準が定められており、これによつて算定することとなつている。

1 保育所措置費国庫負担金の交付申請は、適正化法五条、同法施行令三条、交付規則二条によつて行うべきものであるが、交付規則二条は、申請書に記載すべき事項のうちで適正化法施行令三条一項四号に掲げる「交付を受けようとする補助金等の額及びその算出の基礎」は法令及び予算に基づいて厚生大臣が別に定める交付基準に従つて記載するものと定めている。そしてこれをうけて厚生大臣は、交付基準通達を発し、昭和四七年度の交付基準を定めているが、この通達によれば、国庫負担金の額は、右交付基準の示す保育単価により計算した支弁総額と地方公共団体の実支出額から寄附金その他の収入を控除した額とを比較していずれか少ない方の額に基づいて算定すべきものとされているので、実支出額を基礎として算定した国庫負担額が交付基準に基づいて算定した国庫負担額を上回る限り、交付申請は、交付基準に基づいて算定した国庫負担額によりすることが予定されている。

2 児童福祉法五三条、同法施行令一五条も、原告が主張するように市町村の保育所措置費の実支出額を基礎として国庫負担金の額を算定すべきものとしているのではなく、適正な額を基礎とすべきことを当然の前提としているというべきである。

もし、市町村の実支出額を基礎として国庫負担金を算定すべきものとすれば、各市町村が任意に設定した保育水準あるいは経費の基準に基づいて国庫負担金を交付すべきこととなり、不合理である。保育所措置費を構成する各種経費、すなわち事業費(給食費等)、児童用採暖費、人件費、管理費は、保育所の運営いかんにより、あるいは各市町村の給与水準等により大幅に変動する性質のものであるから、市町村の実支出額を基礎として国庫負担金を算定するならば、かえつて、各市町村の間に不均衡、不公平な結果をもたらすこととなるのである。したがつて、全国的な視野から保育所措置費につき適正な交付基準を設定し、右基準に基づいて国庫負担金を算定すべきことは、児童福祉法の当然に予定しているところといわなければならない。

3 もつとも、以上のように述べたからといつて、厚生大臣の定めた交付基準によつて市町村の負担金交付申請権そのものが実体的に規制されているというわけではない。すなわち、交付基準に不服のある市町村は、適正と考える保育所措置費の額に基づいて国庫負担金の交付申請をし、交付決定においてそれが一部却下されれば、当該却下処分に対し適正化法二五条の規定に基づいて不服の申出をすることができるし、訴訟を提起することも可能である。かかる意味において、交付基準によつて市町村の国に対する負担金支払請求権そのものに消長をきたすというものではないのである。

三  国庫負担金支払債務の履行請求について

原告は、本件措置費につき、国分寺市に代位して国庫負担金の支払債務の履行を求めると主張するが、本件措置費に関する国庫負担金については、原告も認めるとおり、国分寺市からは一五七四万三七五二円の交付申請があり、厚生大臣もこれを認める交付決定を行つて、被告はその全額を交付しているのであり、原告が主張する四七六三万六九七五円については、交付申請もなく、したがつて交付決定もされていないのであるから、被告が右四七六三万六九七五円の支払債務を負つているということはできない。

また、本訴は、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づく代位請求であるが、右規定からも明らかなとおり、債務の履行請求は代位請求の対象として認められていないのであつて、この点からも原告の請求は理由がない。

四  国庫負担金支払債務の履行に代わる損害賠償請求について

前述のとおり、被告は、国分寺市に対し原告主張に係る国庫負担金を支払うべき債務を負つていないので、その債務の不履行ということもありえないが、そもそも、金銭債務について履行に代わる損害賠償というものは、成り立つ余地のないものである。

五  不当利得返還請求について

適正化法は、国庫負担金支払債務は交付決定という行政処分によつて成立するとしているのであるから、国庫負担金の交付を受けようとする者は、所定の手続に従つて交付申請をし、右申請の全部又は一部が却下された場合には、その却下処分に対し、適正化法二五条に基づき不服の申出をするとか、訴訟を提起するとかの救済手段を講じるのが本来の筋道である。したがつて、仮に、本件が国庫負担金の交付申請がなされれば、申請どおり交付決定をすべき場合であつたとしても、交付申請がなされていない以上、国庫負担金を交付すべき方法がないのであつて、この場合に、国が事実上国庫負担金の支出を免れたとしても、それは、交付申請をすべき者が申請をしなかつたことによる必然的結果であつて、これをもつて、国が法律上の原因なくして利得したものということはできない。もし原告主張のように、国庫負担金相当額を直ちに不当利得として国に対し返還請求をしうるものとすれば、国庫負担金支払債務の成立につき行政庁の判断(行政処分)を介在させるべきものとする適正化法の前記の建前は完全に没却されることとなり、交付決定なくして国庫負担金支払債務が発生するとの見解をとつた場合となんら選ぶところがないこととなる。

六  不法行為に基づく損害賠償請求について

右請求も、次に述べるとおり失当である。

1 不法行為の不存在

(一) 原告は、交付規則二条が上位法規による適法な根拠を欠くと主張するが、交付規則二条は、適正化法五条及び同法施行令三条一項四号を施行するために国家行政組織法一二条一項に基づいて制定されたものである。すなわち、適正化法は、「補助金等が法令及び予算で定めるところに従つて公正かつ効率的に使用されるように努めなければならない。」(三条一項)としていることから、補助金等の交付が合理的な基準に基づいて算定された額を基礎として行われるものであることを当然の前提としており、同法施行令三条一項四号にいう「交付を受けようとする補助金等の額及びその算出の基礎」も、補助金等交付申請書の記載事項について、この法律の趣旨を明確化したものである。したがつて、交付規則二条が右四号にいう「交付を受けようとする補助金等の額及びその算出の基礎」は「厚生大臣が別に定める当該補助金等のそれぞれの交付基準に従つて記載するもの」としているのは、適正化法五条及び同法施行令三条一項四号を施行するうえで必要かつ当然のことであり、交付規則二条が上位法規による適法な根拠を欠くとの原告の主張は、失当である。それゆえ、右主張を前提として交付基準が形式上違法であるということはできない。

なお、原告は、交付基準を通達によつて定めることは地方財政法一一条に違反するとも主張するが、保育所に要する経費の種目及び算定基準は児童福祉法五一条一号、五三条、同法施行令一五条によつて定められているのであり、これに対し交付基準通達は、保育単価、徴収金基準額等について定めているもので、右保育単価等は毎年度改訂されているのであつて、このような保育単価等まで法律又は政令に定めることを地方財政法一一条は要求しているものではない。

また、原告は、保育所措置費の国庫負担金は市町村の実支出額を基礎として算定すべきであると主張するが、そうでないことは、すでに二で述べたとおりである。

(二) 次に、原告は、交付基準通達の定める昭和四七年度の交付基準は児童福祉法四五条の最低基準をみたしていないと主張するが、次に述べるとおり、最低基準を維持するに十分足りるものであつて、その内容も適正妥当なものである。

まず、昭和四七年度の交付基準は、保育所措置費の国庫負担額の算定基準として「保育単価」及び「保育単価に加える加算額」を定めている。このうち、保育単価は、事業費(給食費及び保育費)、児童採暖費、人件費及び管理費を積算したものであるが、これらの費目については、保育所運営の向上を図るため毎年度改善が行われており、また、物価、賃金等の上昇に応じて相応の措置が講じられている。特に、保育単価の大部分を占めている人件費について述べると、保育所職員の給与単価については、昭和四三年に行われた厚生、自治、大蔵三省による実態調査に基づき、昭和四四年度から三年間にわたつて格付是正が行われ、昭和四七年度においては、保母等の直接処遇職員に対する特殊業務手当の新設、調理員等の給与単価の改善、民間施設の給与等改善など、例年に比しかなり大幅な改善が行われたのである。また、昭和四七年度の交付基準における保母の定数は、三歳未満児六人につき一人、三歳児二〇人につき一人、四歳以上児三〇人につき一人となつているほか、定員六〇人以下の保育所については非常勤保母を認めており、更に、特例措置として、一定の要件の下に乳児保育のための特別定数が認められていたこと等を勘案すると、昭和四七年度の交付基準の下における保母定数は、最低基準省令五三条の定める基準を上回るものである。

以上により、昭和四七年度の交付基準が違法であるとは到底考えられない。

原告は、保育所措置費について地方公共団体に超過負担が生じていることからして、本件交付基準が違法であるかのように主張しているので、この点につき反論すると、市町村によつては、保育所の運営につき、独自の財政措置を講じ、最低基準省令の定める基準を超えて運営の向上を図つているところもあるが、これは、保育所の設置及び管理が市町村の固有事務であること(地方自治法二条三項六号参照。なお、原告は保育所事務は国の機関委任事務であると主張しているが、同法別表第四の二の(二四)に示されているように、保育関係事務のうちの一部のみが機関委任事務となつているにすぎない。)からもとより妨げないところであり、最低基準省令四条の趣旨からも、是認しうるところである。また、こうしたことから、保育所職員給与等についても、市町村がその独自の裁量によつて定めているところもある。しかし、全国の保育所の措置費を負担する国としては、全国的な視野に立ち、公正かつ妥当な額を基準としてこれを負担する必要があり、このようなことから交付基準による国庫負担額の基準と各市町村の実支出額との間に格差が生じることがあつたとしても、それは、むしろ当然のことといわなければならず、その一事をもつて、本件の交付基準が適正でないということはできない。

(三) 原告は、本件措置費の国庫負担金の交付申請について、交付基準通達の交付基準に従うことを被告が強要したと主張するが、国分寺市がした交付申請は任意になされたものであつて、このことは、本件措置費について右交付基準に基づいて国庫負担金が交付されることを前提として市議会の議決がなされていることからも明らかである。

このように申請当事者をして交付基準に基づく交付申請を提出させること自体は、なんら違法なことではない。すなわち、保育所措置費の国庫負担金の交付申請についても、「補助金等の公正かつ効率的な使用」を担保するため、厚生大臣の定める交付基準によることが予定されていることは、二で述べたとおりであるが、これが申請者に対して強制されているわけではないにしても、毎年度極めて大量に発生し、かつ、審査事項が複雑多岐にわたる補助金等の場合には、あらかじめ示された交付基準に基づいて申請書を提出することが、交付手続を適正かつ円滑に進める所以であつて、申請者にとつても、早期に交付決定を受けることができて便宜である。したがつて、交付基準に基づいて申請をさせるという現行の取扱いは極めて合理的なものであり、これをもつて違法とはいえない。

2 消滅時効の援用

本件の不法行為に基づく損害賠償の請求は、昭和五一年七月二〇日の第一五回口頭弁論期日においてはじめて主張されたものである。

ところで、適正化法五条によれば、補助金等の交付申請書は各省各庁の長の定める時期までに提出しなければならないものとされ、保育所措置費に係る国庫負担金の交付申請については、昭和四三年四月二二日厚生省発児第六七号の四厚生事務次官通達(依命)「児童福祉法による措置費国庫負担金交付申請等の手続について」によつて、当該年度の四月一〇日までに都道府県知事に提出すべきものと定められている。もつとも、現実には事務手続上やむをえない理由によつて右期限に遅れることもありうるのであるから、右期限に遅れた場合であつても、右遅滞が手続上許容限度内である場合には、直ちに交付申請を却下するということはない。しかし、右許容限度は遅くとも当該年度末までであつて、当該年度末を徒過してなされた交付申請が受理されることは手続上ありえないのである。

そうすると、本件措置費に係る国庫負担金交付申請は遅くとも昭和四八年三月末には適正化法の定める手続上不可能となつたものであるから、原告の請求に係る不法行為に基づく損害賠償請求権が仮に認められるとすれば、右請求権は昭和四八年三月末までに発生したものというべきである。そして、国分寺市は右時点において追加交付申請が不可能となつたこと、したがつて当初の交付申請額を超える国庫負担金の交付を受けることができなくなつたことを当然に知つたものということができるので、右時点から三年を経過した昭和五一年四月には損害賠償請求権は時効により消滅したものである。

第四原告の反論

一  被告の適正化法に関する主張は、国庫負担金支払債務の発生のすべてを適正化法に基づく交付決定に係らしめるもので、到底是認しうるものではない。

国庫負担金は、地方公共団体に対し国がその責任において負担すべき義務費であつて、その支払いにつき国に裁量の余地はない。国庫負担金の本質がかかるものであるからこそ、これを定めた地方財政法及び各法律並びにそれに基づく政令によつて、負担区分が一義的に定められているのである。したがつて、国庫負担金支払請求権は、これを定める法律及び政令(本件措置費については、児童福祉法五一条及び同法施行令一五条)に基づいて当然に発生するものと解さなければならない。これに対し、適正化法は、補助金等の支払手続法にすぎず、その目的は、従来補助金等について不正申請、不正使用があつたことから、これを防止するため補助金等の交付につき各種の規制や罰則を設けたものであつて、国庫負担金支払請求権の発生要件に変更を加えるなど国庫負担金制度の基本を変更しようとするものではなく、また、しようとしてもできるものではない。しかも、児童の保育事務は、中止や放棄が許されない継続的事務であるのみならず、国の市町村長に対する機関委任事務(地方自治法一四八条三項、同法別表第四の二の(二四)、児童福祉法二四条)であつて、国の機関として処理した事務につき、これに要した費用(これは立替金である。)を交付決定を経ない限り請求しえないとするいわれはない。

要するに、交付決定がない限り国庫負担金支払債務は発生しないとする被告の主張は、単なる奨励助長のための補助金についてはともかく、義務費である国庫負担金については妥当しないものというべきである。もし、そうではなく、適正化法が地方公共団体の国に対する負担金支払請求権の発生、消滅の要件までも定めたもの、あるいは適正化法の定める手続によつてのみ国庫負担金の請求が可能とするものであるとすれば、それは、憲法の定める地方自治の本旨に抵触するものであり、適正化法は違憲無効な立法というべきである。仮に、そうでないとしても、少なくとも、国庫負担金支払請求権の正当な行使を専ら制限することに終始している現行の解釈運用は、地方公共団体に不当な超過負担を強いるもので、違憲ないし違法といわなければならない。

二  被告は、本件措置費の国庫負担金は厚生大臣の定める交付基準によつて算定すべきものと主張するが、これは、児童福祉法五三条、同法施行令一五条に明らかに抵触するものであるのみならず、その基準自体も、最低基準を維持した保育所運営を可能ならしめるものでないことは、前述のとおりである。したがつて、保育所措置費について国庫負担金算定の基礎となる額は、市町村が最低基準を維持するために実際に支出した額というべきである。

また、被告は、交付基準通達の根拠となつている交付規則二条が適正化法五条及び同法施行令三条一項四号を施行するため国家行政組織法一二条一項に基づいて制定されたものであると主張するが、児童福祉法施行令三条一項四号は、申請書に記載しなければならない「補助金等の額及び算出の基礎」を厚生大臣が定めるとはしていないのであり、かかる国庫負担金の交付申請額に枠をはめるが如き内容の規定を省令によつて定めることは、上位法規の特別の委任のない限り許されるはずはなく、まして、上位法規の明文に反する執行命令など到底適法化される余地はない。

三  被告は、交付基準に基づく交付申請の強制を否定しているが、それが事実に反することは、<1>交付規則二条は、「……交付基準に従つて記載するものとする。」として交付基準に従うことを規定していること、<2>交付基準に関する通達も、そこに盛られた内容がすべて一定の区分の下に画一的に定められ、それ以外の算出方法で交付申請をなしうる余地を残していないうえ、右通達には、交付基準につき「改正」、「廃止」、「効力」等の用語が用いられており、法令として強制的効力を有するが如き取扱いがされていること、<3>交付基準に従つて交付申請をすべきことが、各市町村に対する説明会等の場において指導され、全国のすべての市町村は、この指導に従つて交付申請を行い交付決定も交付基準によつていること、からも明らかである。

こうしたことから、本件においても、国分寺市は、厚生大臣の定めた交付基準に従つて交付申請をすることを余儀なくされていたのであり、被告の主張する市議会の議決も、こうした事実上の強制によるものである。

四  被告は、原告の不法行為に基づく損害賠償請求について、消滅時効を援用するが、原告は、本訴を被告が消滅時効完成時であると主張する昭和五一年四月より以前の昭和四九年一月一八日に提起している。のみならず、本件においては、国分寺市長及び同市の職員は被告の加害行為が違法であることを知らなかつたのであるから、そもそも時効が進行していないといわなければならない。

(証拠関係)<省略>

理由

一  請求原因一及び四の事実並びに国分寺市が昭和四七年度に支出した市立保育所措置費のうち交付申請のあつた一五七四万三七五二円については被告から同市に国庫負担金が交付されたが、それを超える額(以下「超過負担額」という。)については交付申請も交付決定もされていないことは、当事者間に争いがない。

本件住民訴訟は、右超過負担額につき国分寺市が被告に対して有する権利を代位行使する旨主張するものであるので、以下、右代位行使の対象たる国分寺市の権利の存否について判断する(原告主張の権利が住民訴訟による代位請求の対象たりうるものか否かの判断は留保する。)。

二  国庫負担金支払請求権の存否

原告は、児童福祉法五三条及び同法施行令一五条の規定を根拠として、市町村が同法四五条の最低基準を維持するために要した保育所措置費の精算額の一〇分の八については、他になんらの手続を経ることなく当然に、被告に対して具体的な国庫負担金支払請求権を取得するものであると主張する。

1  児童福祉法は、保育所を含む児童福祉施設について、厚生大臣がその設備及び運営等の最低基準を定めるべきものとし(四五条。これに基づき最低基準省令が制定されている。)、児童の入所に要する費用及び入所後の保護につき右最低基準を維持するために要する費用を市町村の支弁とする(五一条一号)一方で、市町村の支弁する費用に対しては、政令の定めるところによりその一〇分の八を国庫が負担するものと定めており(五三条)、これをうけた同法施行令一五条によれば、右国庫の負担は、市町村が支弁した費用の額から同法五六条一項及び五項の規定により徴収した金額並びにその費用のための寄附金その他の収入の額を控除した精算額に対してこれを行うものとされている。これは、児童福祉施設関係の事務が厳密な意味で地方公共団体の固有事務であるか、あるいはその長に対する国の機関委任事務であるかはさておき、その施設の運営については国と地方公共団体相互の利害に関係があり、国としても一定の責務を負つているところから、右責務に応じた給付として、地方財政法一〇条八号及び一一条の規定に基づき、国がその経費の一部を負担するとともに国の負担すべき割合等を定めたものであつて、その意味において、右国庫負担金は、通常の補助金などとは異なる一種の義務費的性格をもつものであるということができる。したがつて、右各規定からすると、市町村が支弁する保育所措置費で児童福祉法四五条の最低基準を維持するために必要であると認められる額の精算額の一〇分の八については、国が市町村に対してこれを支払うべき義務を負担し、市町村はその支払いを請求しうる権利を取得するものというべきである。

2  しかしながら、児童福祉法四五条に基づく最低基準省令は、設備の基準、備える医療品、職員の定数、保育時間、保育の内容等について最低基準を定めているだけであり、右それぞれの最低基準を維持するためにどれほどの金額が必要なものとして認められるかについては、なんら具体的定めをおいていない。さりとて、各市町村の実支出額がすべて当然に右の必要額として是認されるものでないことは、いうまでもない。もし各市町村の自主的判断に基づく実支出額によるべきものとすれば、それぞれの判断は区々となり、各市町村間にいわれなき不均衡、不公平が生ずるにとどまらず、国家予算の適正かつ効果的な使用をも期しがたいこととなるからである。そうであるとすれば、最低基準を維持するために必要と認められる額を基礎とした国庫負担金につき国と市町村との間に債権債務関係が成立するといつても、その必要な額として客観的に是認される数額を具体的に確定(ここにいう「確定」とは適正化法一五条にいう「確定」とは異なる意味において用いる。以下同じ。)するためにはなんらかの手続をまたなければならないことは当然であり、児童福祉法の前記規定もこのことを予定しているものであると解される。そして、その確定手続がいかなるものであるかは、もとより実定制度の定めるところにより決まることである。

3  そこで、その点を更に検討するのに、適正化法は、国庫負担金を含む補助金等について次のとおり定めている。

(一)  補助金等の交付申請をしようとする者は、所要事項を記載した申請書等を各省各庁の長に対してその定める時期までに提出しなければならない(五条)。右申請につき、各省各庁の長は所要事項を調査したうえ、補助金等を交付すべきものと認めたときは、交付決定をしなければならないが(六条一項)、適正な交付を行うため必要と認めたときは、交付申請に係る事項につき修正を加えて交付決定をすることができ(同条二項)、また、交付の目的を達成するため必要があるときは、交付決定に条件を付することもできる(七条)。

(二)  補助事業者等は、法令の定め並びに交付決定の内容及びこれに付された条件等に従つて補助事業等を行わなければならず(一一条一項)、補助事業等の遂行状況に関し各省各庁の長に報告しなければならない(一二条)。各省各庁の長は、補助事業等が交付決定の内容又はこれに付された条件に従つて遂行されていないと認めるときは、これらに従つて遂行すべきことを命じ(一三条一項)、この命令違反に対しては当該補助事業等の一時停止を命ずることができる(同条二項)。

(三)  各省各庁の長は、交付決定をした場合において、その後の事情変更により特別の必要が生じたときは、交付決定の全部又は一部の取消し又はその決定の内容若しくはこれに付された条件を変更することができ(一〇条一項)、更に、補助事業者等が交付決定の内容又はこれに付された条件に違反したときは、交付決定の全部又は一部を取り消すことができ(一八条)、これら取消しがされた場合には、すでに交付済みの補助金等について返還を命じなければならず(一八条一項)、これを国税滞納処分の例により徴収することができる(二一条)。

(四)  補助金等の交付に関する各省各庁の長の処分に不服のある地方公共団体は、処分の通知を受けた日から三〇日以内に右長に対して不服を申し出ることができ、この場合に、右長は、不服を申し出た者に意見を述べる機会を与えたうえ必要な措置をとり、その旨を不服を申し出た者に通知しなければならず、この措置に不服のある者は更に内閣に対して意見を申し出ることができる(二五条、同法施行令一五条)。

これら適正化法の規定に徴すれば、国が交付する補助金等については、他の法令にその交付の根拠や交付割合等に関する規定がおかれている場合でも、同法一条の適正化目的を達成するために、専ら同法の定める手続により交付要件該当性、交付すべき額及び当該交付に条件を付する必要の有無等を各省各庁の長に第一次的に判断させ、その判断に基づく長の行政処分としての交付決定を経由せしめることによつてはじめて具体的な交付額が確定される(したがつて、右交付額に不服があるときは交付決定に対する行政争訟によるべきことになる。)との建前を統一的に採用しているものと解するのが相当である。毎年度大量に発生する補助金等の債権債務関係について、あたかも通常の私法上の債権債務と同様の方法によつて交付額等を具体的に確定することが許されるとすれば、補助金等交付の迅速性、公平性、統一性が損われ、予算の編成、執行に支障を及ぼすばかりでなく、補助事業者等にとつても補助事業等の継続が困難となる等の不都合が考えられ、決して合理的ではない。このために適正化法は前記のような交付申請とこれに基づく交付決定という特別の手続を定めたのである。それゆえ、本件の国庫負担金のように客観的必要額を基礎として負担割合のみが法定されている補助金等につき、同法による交付申請及び交付決定の手続を経ることなく国に対して直接その支払いを請求することは、実定制度上許されていないものと解すべきである。

原告は、国の義務費である本件措置費の如き国庫負担金を裁量的な補助金と同列に論ずべきでないと主張するが、適正化法二条は両者を一括規定しているのであるし、また、前記の理由からすれば、負担金であるか補助金であるかによつて交付額の具体的確定手続を区別しなければならない合理的根拠を見出すこともできない。そして、右述のような制度的仕組みを採用したからといつて、そのことが当然に地方自治の本旨に反するものとは解されないから、同法の違憲無効をいう原告の主張は理由がない。

4  そうすると、原告主張の超過負担額につき適正化法による交付申請と交付決定を経ていない本件においては、国分寺市が国に対して直接その支払いを請求することは許されず、原告らにおいてこれを代位して請求することもできないというべきである。

三  国庫負担金支払債務の履行に代わる損害賠償請求権の存否

前項に述べたとおり、国分寺市の国に対する国庫負担金支払請求が許されないものである以上、その履行に代わる損害賠償請求が成り立ちえないことは、明らかである。

四  不当利得返還請求権の存否

前述した被告の国庫負担金支払義務は、適正化法に基づく交付申請及び交付決定の手続を経なければその履行を求めることができないものであるから、右手続を経由していない本件において、被告が右義務を履行しないことをもつて法律上の原因なき利得ということはできない。したがつて、不当利得返還請求権も成立しない。

五  不法行為による損害賠償請求権の存否

原告は、国分寺市の本件措置費に係る国庫負担金交付申請に際し、被告が形式的にも内容的にも違法な交付基準に従うべきことを同市に強要したことが不法行為を構成すると主張する。

1  交付基準の形式的違法について

(一)  原告は、まず、交付基準通達の根拠とされている交付規則二条が上位法規による適法な根拠を欠くものであると主張する。

交付規則は、その制定文の文言からすると、適正化法九条一項、一四条及び同法施行令三条三項の規定に基づく委任命令並びに適正化法実施のための執行命令の双方の性格をもつものと解されるが、本件の国庫負担金との関連において同規則二条をみれば、先に判示したとおり、保育所措置費の国庫負担金については、適正化法により、交付申請とこれに対する厚生大臣の交付決定という手続において、最低基準を維持するために客観的に必要と認められる額を基礎として国庫負担額が具体的に確定されることとなつているのであるから、同法施行令三条一項四号が交付申請書の記載事項として定める「交付を受けようとする補助金等の額及びその算出の基礎」というのも、右の客観的必要額を前提とした記載をすべきことが予定されているものと考えられ、かつ、右の客観的必要額の具体的認定は第一次的に厚生大臣の権限に委ねられているのである。そうであるとすれば、厚生大臣が右の客観的必要額の具体的認定につき同大臣として適正合理的と認める基準を定立し、交付申請もこの基準によつてするよう一般的に定めることは、当該基準によらない交付申請をそれ自体で直ちに不適法とする如き強制的な効力を内容とするものでない限り、これを違法とすべき理由はない。すなわち、交付規則二条は、前記客観的必要額を基礎として国庫負担金の交付を受けうるという市町村の権利の内容そのものについてはなんら実体的変更を加えるものではなく、適正化法及び同法施行令を執行するに必要な具体的、技術的、手続的事項を定めた執行命令のひとつとして、同令三条一項四号により交付申請書に記載すべき事項は「厚生大臣が別に定める当該補助金等のそれぞれの交付基準に従つて記載するものとする。」と定めたものとみるべきであるから、かかる定めは上位法令による明示の委任がなくても当然許されるものというべきである。この点に関する原告の主張は採用することができない。

(二)  原告は、また、通達によつて交付基準を定めることは地方財政法一一条に違反すると主張するが、国の負担すべき保育所経費の種目、算定基準及び国と地方公共団体との負担割合については、児童福祉法五一条一号、五三条及び同法施行令一五条で基本的事項が定められているのであり、交付基準通達は、後記のとおり、その細目的事項で時宜に応じて改訂を要する保育単価、徴収基準額等を定めているものにすぎない。地方財政法の前記規定はこれらの細目的事項についてまで法律又は政令によるべきことを定めているものとは解されないから、原告の主張は失当である。

2  交付基準の内容的違法について

(一)  保育所措置費の国庫負担額を算定する基準となる児童福祉法五三条にいう「地方公共団体の支弁する費用」又は同法施行令一五条にいう「市町村の支弁した費用」が、市町村が最低基準を維持するために必要であると主観的に判断して支出した実支出額を意味するものではなく、適正化法の手続で厚生大臣の交付決定によりその数額が具体化されることを予定した客観的必要額をいうものと解すべきことは、前述のとおりである。したがつて、実支出額によるべきことを前提として交付基準の違法をいう原告の主張は採用することができない。

(二)  次に、本件当時の交付基準が児童福祉法四五条の最低基準を維持するに足りないものであるとの原告の主張について検討する。

原告は、同法四五条の規定に基づく最低基準省令の内容自体が時代の要請に応えきれない不十分なものであると主張するところ、原本の存在と成立に争いのない甲第二一号証並びに証人清水国夫、同三枝次雄、同佐瀬宗一郎及び同会田武平の各証言に弁論の全趣旨を勘案すれば、地方公共団体が保育所運営の基準に関し国に対して改善を求めているもののうち、右省令の規定事項と直接関係するのは、保母の定数基準であり、原告が本訴において問題としているのもこの点であることが認められる。そこで、右省令の定める保母の定数についてみると、同省令五三条二項は、「保母の数は、乳児又は満三歳に満たない幼児おおむね六人につき一人以上、満三歳以上満四歳に満たない幼児おおむね二〇人につき一人以上、満四歳以上の幼児おおむね三〇人につき一人以上とする。ただし、保育所一につき二人を下ることはできない。」と規定している。これに対し、前掲各証拠によれば、東京、大阪、名古屋等の大都市及びその周辺部のかなりのところでは右基準を超えて保母を配置し、国分寺市においても、東京都の基準に従い、乳児(満一歳に満たない者。以下同じ。)三人について一人、一歳児五人について一人、二歳児六人について一人、三歳児一五人について一人、四歳以上児については二〇ないし二六人について一人の割合で保母を配置していたこと、こうした現象は、昭和四〇年代に入つて地方公共団体の財政が豊かになつたころから見られるようになつたものであるが、特に乳児保育については、六人につき一人の保母では完全な保護を与えることが相当困難であるとの意見があること、しかし、他方、最低基準省令五三条の規定は、昭和四四年に中央児童福祉審議会の意見に従い前記のように改正されたもので、児童福祉法が制定された昭和二三年当時においては、保母の定数は、二歳未満児一〇人につき一人、二歳以上児三〇人につき一人の割合にすぎなかつたこと、昭和三〇年代までは、全国の保育所は、おおむねこうした基準で現実に運営されてきたのであり、昭和四七年当時においても、全国の地方公共団体で保母の定数を国の基準で運営していたところは少なくなかつたこと、また、乳児保育に関する国の考え方は、乳児は家庭において母親の愛情のもとで育てることが乳児の福祉にかなうものであるということを基本としていることが認められる。

以上の事実によつて考えれば、最低基準省令の定める保母の定数基準は、十分なものではないにせよ、それによつては保育所の運営が実際上不可能であるとか又は不可能に近いとまで一般的にいいきることは難しく、その点をとらえて右省令の定める基準が最低基準としての意義を有しないとすることはできない。そして、同省令のその他の規定事項には特に問題とすべき点があるものとは認められない。

そこで、進んで、昭和四七年度の交付基準通達による交付基準についてみるのに、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証(成立に争いのない甲第一四号証は同一のもの)、第二〇号証及び成立に争いのない乙第三号証並びに証人会田武平の証言によれば、右交付基準は、おおむね次のとおりであつたことが認められ、これに反する証拠はない。

保育所措置費の国庫負担金については、右交付基準が示す保育単価(月額)により計算した支弁総額(各保育所ごとに、保育単価に各月初日の在籍措置児童の数を乗じて得た額の全保育所の年間の合計額)と地方公共団体の実支出額からの寄附金その他の収入を控除した額とを比較して、いずれか少ない方の額から児童福祉法五六条の規定する徴収金額を控除した額を基本として、その一〇分の八を国が負担するものとされていること、右児童一人当たりの保育単価は、事業費(児童の給食費、保育材料費等の保育費)、保育所職員の人件費、庁費等の管理費から構成され、その額は、保育所の規模、所在地及び保育所の長の設置の有無に応じて、三歳未満児は一万五一八〇円から一万九二一〇円、三歳児は五六九〇円から九三四〇円、四歳以上児は四五四〇円から八一三〇円の範囲内で定められているが、そのほかに児童用採暖費(一〇円から六〇円)並びに地域によつては寒冷地手当(三〇円から八六〇円)、事務用採暖費(八〇円)が加算されること、保育単価及びこれに加算される児童用採暖費等は毎年度改訂され、昭和四七年度においては、同年五月一日付で前記のとおり改訂されたのち更に同年一一月一八日厚生省発児第一五二号の二厚生事務次官通達によつて、再度、保育単価及び寒冷地手当が増額され、保育単価は、三歳未満児については一六七〇円ないし二一四〇円、三歳児については五八〇円ないし九九〇円、四歳以上児については四二〇円ないし八三〇円の増額となつたこと、保育単価の約八〇パーセントは保育所の長、保母、調理員その他の職員の人件費によつて占められているが、職員のうち保母の定数についてみると、厚生大臣の定める最低基準に従つて三歳未満児六人につき一人、三歳児二〇人につき一人、四歳以上児三〇人につき一人を原則としてはいるものの、児童数が六〇人以下の保育所について一日三時間の非常勤保母を認めているほか、保母の定数が特に足りないとの意見のある乳児保育については、母子家庭等の低所得者層において家庭保育によることの困難さを配慮し、七三施設約八〇〇人を対象として乳児三人につき一人の保母の配置を認めていること、また、保母等の職員の給与については、昭和四三年に行われた厚生、自治、大蔵三省による職員の学歴、経験年数等の実態調査の結果に基づき、国家公務員に準じて、施設の長は行政職俸給表(一)の六等級六号、主任保母は同表(一)の七等級七号、保母は同表(一)の七等級二号、調理員等は同表(二)の五等級一〇号に格付けされ、また、各種手当も国家公務員と同じように支給されるほか、保母については、昭和四七年度から特殊業務手当(本俸の四パーセント)が新設されたこと、以上の事実が認められる。

右事実によると、保母の定数については、最低基準省令の定める最低基準を上回るものであることが明らかであるし、また、保育単価を構成する事業費(給食費、保育費)、人件費、管理費並びにこれに加算される児童用採暖費等が最低基準省令二条、八条、一二条、五五条等に抽象的に定められている基準を最少限実現することもできないものであると認めるに足りる的確な証拠はない。もつとも、証人会田武平の証言によれば、保育所職員の就労状況にはかなりの労働基準法違反の事例のあることが認められるが、その具体的な内容や程度、その理由等はまつたく明らかではないので、これをもつて右認定判断を左右することはできない。

結局、昭和四七年度の交付基準が児童福祉法四五条の最低基準を維持するに足りない違法なものであるとの原告の主張は採用しがたいというほかはない。

3  交付基準による交付申請の強要について

上来説示したところによれば、被告が各市町村に対し交付基準に準拠して交付申請をさせること自体を違法といえないことは、明らかである。

成立に争いのない甲第一、第三、第一二、第一三号証(第三号証は原本の存在も争いがない。)並びに証人会田武平、同佐瀬宗一郎及び同三枝次雄の各証言によれば、厚生省の担当職員及び本件負担金交付事務の委任を受けている東京都知事の所部職員は、従来から法令上当然のこととして交付基準によつて交付申請をすべき旨各市町村に対して行政指導を行い、交付基準によらない申請がされることはまつたく予想しておらず(過去にそのような申請がされた実例もない。)、もしそのような申請が提出された場合、東京都としては申請を受理しない方針であつたが、被告としては不受理とすることまでは考えていなかつたことが認められる。また、本件申請時の状況をみても、国分寺市が右行政指導に抗して交付基準によらない交付申請をしようとしたとか、これに対し東京都あるいは被告が国分寺市の意に反してその申請を妨げたとかの事実を具体的に確認するに足りる証拠はなく、証人清水国夫の証言によれば、国分寺市としても、前記の行政指導をなんら疑うことなく慣例的にこれに従つたものであることが窺われる。

そうであるとすれば、被告の違法な強要があつたとの原告の主張は失当というべきである。

4  右のとおりであるから、被告の国分寺市に対する不法行為を理由とする損害賠償請求権についても、故意過失の存否に触れるまでもなく、その成立を認めることができない。

六  以上によれば、本件措置費の超過負担額につき原告が本訴において主張する国分寺市の被告に対する権利はすべて存在しないこととなるので、その権利を代位行使する旨の原告の請求は理由がないことに帰する。

よつて、本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 川崎和夫 菊池洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例